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〒972-8321
福島県いわき市常磐湯本町三函204
TEL 0246-44-0500
FAX 0246-44-0513
開館時間 9:00~17:00
観覧料 無料
※イベント期間中無料

しゃぼん玉

歌の由来
この「しゃぼん玉」は、才で亡くなった雨情の娘、恒子のことを歌っていると言われています。ですが、詩を作った年が娘が亡くなる以前ならば、この説は間違っていることになります。
娘の亡くなった年
雨情の娘が亡くなった年は、大正 13年(1924年) 9月の満才、数えで4才のことでした。この歌は雨情が詩を作ってから、年後に中山晋平が曲を作り、大正 12年( 1923年)月号の晋平の譜面集「童謡小曲」で発表されました。つまり、恒子が亡くなる以前にすでに出来上がっていたことになります。
詩の発表
曲が発表されたのは、大正 12年ですが、詩が最初に発表されたのは、大正 11年(1922年)11月号の「金の塔」という仏教児童雑誌でした。
長女の死
雨情は恒子の前にも子供を失っていました。明治41年(1908年) 3月 23日、雨情の長女みどりは北海道小樽で生まれ、わずか 8日目に亡くなりました。「しゃぼん玉」を書いた年が娘の死後十数年も経ているので、この詩と長女の死は直接関係ないとする説もあります。
他説
雨情の周りの子供 もよく亡くなっていたので、自分の娘ではなく、雨情がいつも可愛がっていた親戚の子供が亡くなったからこの詩を作ったとか、雨情が住んでいた東京の近所の 子供の死を悼んで書いたなどという説まであります。いずれにせよ、幼くして亡くなる子供の死を悼んでこの詩を書いたのは明らかです。
歌詞

しゃぼん玉 飛んだ 屋根まで 飛んだ 屋根ま で飛んで こわれて消えた

しゃぼん玉消えた 飛ばずに 消えた 生まれて すぐに こわれて 消えた

風 風 吹くな しゃぼん玉 飛ばそ

風 風 吹くな しゃぼん玉 飛ばそ
作曲:中山晋平

しゃぼん玉